BYDの軽参入に学ぶ──「守るものがある会社」はどう戦うか
2026年7月28日、中国の自動車メーカーBYDが、軽の電気自動車「ラッコ」で日本市場に参入した。形は、ホンダのN-BOXのような「背が高くて、後ろのドアがスライドして開く」タイプ。実はこれが、日本でいちばん売れている軽自動車の形だ。しかも日本のためだけにゼロから開発し、価格は214万5000円から。国の補助金を使えば実質200万円を切る。
このニュースを「安い中国車が来た」と読むなら、半分しか見ていない。私が注目したのは車ではなく、攻め方の仕組みだ。
なぜ日本メーカーは、いちばん売れる場所を空けていたのか

日本メーカーは、いちばん売れているこの形の軽を、電気自動車では作ってこなかった。技術がなかったからではない。作ると、自分の会社が困るからだ。
ガソリンの軽自動車は、日本メーカーの稼ぎ頭だ。工場もお店も、それで食べている。もし自分で電気自動車を出して、いちばん売れている形にぶつけたら、自分のガソリン車の客を奪ってしまう。だから思い切った一手が打てず、「誰も困らない、中途半端な車」しか出てこなかった。
一方のBYDには、守るべきガソリン車が日本にない。だから遠慮なく、いちばん売れている場所を狙えた。勝ち負けを分けたのは技術の差ではない。「どちらが自由に動けるか」の差だ。 守るものとは財産であると同時に、自分の動きをしばる鎖でもある。
中央矢崎サービス──「ある側」は、強みを別の場所に移す

私が経営する中央矢崎サービスは、トラックやタクシーの安全のための機器を売り、取り付ける仕事を70年続けてきた。つまり「守るものがある側」だ。そして電気自動車や自動運転の時代には、車に最初から機械とデータが組み込まれてくる。後から機器を取り付けるという商売そのものが、削られていく可能性がある。BYDがいずれタクシーやトラックの世界に来ることも、時間の問題だろう。
では、どうするか。財産を捨てるのではない。強みの置き場所を移すのだ。
機器という「モノ」は、いつか消えるかもしれない。だが、数十年かけて築いたお客様との信頼、法律やルールの知識、走行データの積み重ねは、お金では買えない。新しく来た会社がそれを手に入れるには、同じだけの時間がかかる。当社がタクシー向けに車載タブレット「YOSHI-TAB」を立ち上げ、「機器を売る会社」から「データと信頼でつながる会社」へ軸足を移しているのは、この置き場所の引っ越しである。
吉半──「ない側」が、真似てはいけないこと

もう一社、美容事業の吉半は、業界に古くからの販売網も既得権も持たない。BYDと同じ「ない側」だ。だが、BYDのやり方をそのまま真似てはいけない。
BYDは安さで勝負をかけた。これは、巨大な体力がある会社だからできる戦い方だ。体力のない会社が値下げで攻めれば、誰でも参加できる我慢比べに自分から飛び込むことになる。
ない側が真似るべきは安さではなく、「相手が仕組み上できないこと」で戦う考え方だ。大きな会社は、大きいがゆえに、一人ひとりの物語に寄り添うことができない。商品と施術と空間をまるごと束ねた「体験」を売ることもできない。値段の比べようがない価値には、値引きの要求も来ない。
もう一つBYDから学ぶべきは、実績の積み方だ。彼らの「初年度1万台」という目標は、儲けのためではなく、信頼の証拠づくりのためにある。知名度のなさは、時間をかけた実績でしか埋まらない。構想は価値ではない。動かして初めて価値になる。
二社体制──攻める自由と、守る強さを分ける

守るものがある会社の勝ち筋は、突き詰めれば一つ。自分の会社の中に、守るもののない部隊をわざと作ることだ。今の商売への遠慮なしに判断できる場所を、仕組みとして分けておく。自分で自分に挑戦する部隊を持たない会社は、いずれ外から挑戦される。
実は、私の二つの会社は、この考えで設計してある。
中央矢崎サービスは、70年の歴史と、お客様と、守るべき商売を持つ「ある側」の会社だ。守るものがある会社は強い。だが、その強さゆえに、新しい挑戦を考えるとき、どうしても「今のお客様はどう思うか」「今の売上が減らないか」という遠慮が入る。これは悪いことではない。守る責任がある会社として、正しい反応だ。
だからこそ、もう一つの会社である吉半には、運輸の世界で守るものを何も持たせていない。しがらみゼロの吉半で、新しい商品やサービスを自由に生み、育てる。そして育ったものを、中央矢崎サービスが持つ70年分の信頼とお客様のネットワークに乗せて届ける。
言いかえれば、こうだ。吉半が「BYDの役」をやり、中央矢崎サービスが「70年の信頼」を提供する。攻める自由と、守る強さ。ふつうは一つの会社の中でケンカしてしまうこの二つを、会社ごと分けることで、両方とも殺さずに使う。 これが私の二社体制の設計思想である。
結論──自分の中に挑戦者を飼っておく

外からBYDのような挑戦者が来るのを待つのではなく、先に自分の中に挑戦者を飼っておく。自分で自分を攻め続けている会社は、外から攻められたとき、慌てない。
BYDの参入は脅威ではなく、教材だ。相手の強い場所では戦わず、自分が勝てる場所に引き込む。磨いて克ち、整えて勝つ。そして、次を始める。
吉田幸市(株式会社吉半・中央矢崎サービス株式会社 代表取締役)