開いたドアと人の行動、AI時代の形づくりを表すイラスト
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時代が変わっても、ドアは回される

第1章 形が人を動かす

ドアの取っ手や展示角度が人の動きを導く様子

細長い取っ手のドアを見ると、人は回す。平らな板がついているドアを見ると、人は押す。誰にも教わっていないし、いちいち考えてもいない。それなのに、みんな同じ動きをする。

ここで質問。私たちはドアを開けているのだろうか。それとも、ドアの形に「こう開けなさい」と言われて動かされているのだろうか。

もしドアが最初から開いていたら。目の前にドアがなかったら。その動きは起きない。

つまり、人を動かしているのは「やる気」ではなく「まわりの形」なのだ。

これは百年前も、今も、これからも変わらない。人間のからだと頭のしくみが変わらないかぎり、形が人の動きを決め続ける。

でも、時代がひとつだけ大きく変えたことがある。その「形」を作るのに必要なお金と時間が、けたちがいに少なくなった。

76度という角度の話

アップルストアに並んでいるiPhoneは、だいたい76度の角度で置かれている。

立って近づいた姿勢だと、画面がよく見えない角度だ。よく見えないから、お客さんは背中を丸めてのぞきこむのではなく、手に取る。手に取ってさわると、なんとなく愛着がわく。指ですべらせた感じがよくて、「こっちのほうがいいな」と思ってしまう。そして買う。

見えにくく置くという「形」が、手に取るという「動き」を生み、買うという「結果」を作っている。

こう言うと、こんな反論が出る。そんなしかけをしなくても、店員さんがすすめればいいじゃないか。

でも、服屋さんで店員さんが「お似合いですよ」と追いかけてきたらどうだろう。たいていの人は逃げる。人の言葉で「さわらせる」のは、すごく難しい。でも形なら、何も言わずにそれをやってのける。

問題は、この76度を見つけるのに何年かかったかだ。

昔は、こういう「形」を見つけるのに、ものすごい時間がかかった。何万人の動きを観察して、何百回も置き方を変えて、やっと角度がひとつ決まる。

だから「形」は、お金と時間がある大きな会社だけのものだった。小さな会社は「形」を持てないから、根性と接客でなんとかするしかなかった。

第2章 形は「作る」ものになった

長い観察と試作がAIによる短い改善サイクルへ変わる様子

ここが分かれ道だ。

今は、お客さんがどう動いたかのデータが取れる。ためして、はかって、直す。このくり返しが、昔は一年かかったのに、今は一週間でできる。AIは、観察やデータ分析や、下書き作りを引き受けてくれる。

昔は十年かかった発見が、数か月でできるようになった。

つまり、「形」を作れるかどうかは、お金の問題から、頭の問題に変わった。

お金と時間を持っている会社が勝つ時代から、「何を形にすればいいか」を見ぬける人が勝つ時代へ。これが時代の変化のいちばん大事なところだ。

第3章 資料と実演が人を育てる

資料が対話を導き、実演が次の人へ受け継がれる様子

資料も、実は「形」である

会社のホームページ。パンフレット。お客さんに渡す提案書。

私たちは提案書を「読んでいる」と思っている。でも本当は、提案書に「読まされている」。

紙のどこに何が書いてあるか。その並び順が、話す順番を決め、お客さんの反応を決め、最後にはもうけの金額まで決めている。

たとえば、人が発表をするとき、その場で内容を考えているわけではない。過去の自分が作った資料に、今の自分が動かされている。

そして今、この資料は一日で作り直せる。AIがあるからだ。

でも、作るのが速くなったせいで、問われることが変わった。作れるかどうかではなく、何を書くか。作る力はめずらしくなくなり、何を作るか決める力が、いちばんめずらしいものになった。

見本を見せると、まねが連鎖する

もうひとつの「形」が、実演だ。

先輩がやってみせる商品の実演が、小さな機械なのになぜかかっこいい。お客さんが「そんなことができるのか」と驚く。それを見た後輩は、自分もやりたくなる。実際にやってみて、お客さんを驚かせる。それを見たまわりの人も、同じことをしたくなる。

驚きの連鎖が、ずっと続く。

大事なのは、これが「先輩が教えるのがうまいから」起きているのではないことだ。実演という形そのものが、次の人を育てている。

人が教える形にたよっていると、その人がいなくなったときに全部止まる。形の中に教育が組みこまれていれば、人が入れかわっても止まらない。

第4章 言葉、会議、書式

言葉と会議と書式が組織の行動を形づくる様子

目に見えにくい「形」もある。

言葉。 私たちは言葉を使っていると思っているけれど、言葉に考え方を決められている。会社の中で「売上」と呼ぶか「もうけ」と呼ぶかで、判断が変わってしまう。

会議。 会議に参加していると思っているけれど、参加した会議のせいで、そのあとの行動が決まっている。何から始めて、どう終わるか。その順番が、次の日を作っている。

書式。 紙に記入していると思っているけれど、記入する欄の作り方によって、考えることが決められている。「結論・いつまで・だれが」という三つの欄しかなければ、報告だけの会議はそもそも成り立たない。

みんなが同じ場所に集まらなくなった今、これはますます重要になった。同じ部屋にいれば、空気や表情がすきまをうめてくれた。それがなくなった今、書式と言葉が、会社そのものになっている。

第5章 AIで「形」を作る実践

人が中心となりAIで見える化、発案、反証、実行を進める様子

ここからが実際のやり方だ。「形を作るのが安くなった」と言っても、AIの使い方をまちがえたら、一円も得をしない。使い方には順番がある。

一つめ:今ある形を、見えるようにする

最初にやるのは、新しい形を作ることではない。今すでにある形を、言葉にすることだ。

自社の提案書をAIに読ませて、「この資料を読んだ人は、どんな順番で何を考えることになるか」を書き出させる。営業の会話を文字にして、「どこでお客さんの気持ちが決まったか」を分析させる。三か月分の議事録を渡して、「この会議は結論が出る作りになっているか」と聞く。

ほとんどの会社は、自分の会社の「形」を見たことがない。知らないうちにできた形が、知らないうちに成果をおさえこんでいる。まずそれを画面に出す。これがいちばん安くて、いちばん効く。

二つめ:案をたくさん出させて、選ぶ

形を考えるとき、いちばん困るのは、思いつく案がひとつしかないことだ。人は自分が経験したことの外側を思いつけない。

だからAIには、案を出させる。提案書の構成案を十本。会議の進め方を五通り。書式の欄の作り方を三種類。

そして、選ぶのは人間だ。 ここだけはゆずってはいけない。十本のうちどれが自分のお客さんに効くかは、お客さんの顔を知っている人にしかわからない。

AIに考えさせるのではない。AIで考える。この違いが、五年後の差になる。

三つめ:反対意見を言わせる

いちばん役に立つ使い方が、これだ。

形をひとつ考えたら、AIにこう言う。「この案のいちばん大きな弱点を教えて」「この提案書を読んだお客さんが断る理由を五つ挙げて」「この会議のやり方は三か月で意味がなくなる。その理由を書いて」。

人は、自分が考えたものを気に入ってしまう。気に入ったまま現場に出すと、現場でこわれる。こわれる前にこわしてもらうのが、AIの仕事だ。

AIは、ほめろと言えばほめる。だからほめさせない。反対意見を引き出すやり方を知っている人だけが、AIで強くなれる。

四つめ:文章にして、勝手に回るようにする

案が決まったら、文章にする、数字を入れる、例外の場合を洗い出す。この作業はAIにやってもらう。

そして「できた」の判定はきびしくやる。「だいたいできた」は、できていない。新しい提案書で商談を十件やった。新しい会議のやり方で三か月回した。 そこまでいって、はじめて完成だ。

やってはいけない三つのこと

AIが出したものをそのまま使わない。 AIの出力は下書きだ。下書きをそのままお客さんに出す会社は、下書きの値段しかもらえない。

AIに考えさせない。 情報の整理、下書き、案を並べること。これはAIに渡していい。でも「何が本当に大事か」「最後にどうするか」は渡さない。渡した時点で、その人は決める人ではなくなる。

人の代わりに使わない。 人を減らすためではなく、人の判断をよくするために使う。あいた時間を「何を作るべきか考える時間」に回す。ここをまちがえると、安くて速い会社にはなるけれど、値段を自分で決められない会社になる。

だれが手を動かすか

いちばん大きなおとしあなは、「AIなんて部下に使わせておけばいい」という考え方だ。

形を考えるのは、決める仕事だ。決める仕事は、いちばん上の人の仕事だ。だから、経営者本人がAIを使いたおすしかない。部下にまかせたとたん、出てくるのは「作業を速くする案」だけになる。それは守りであって、攻めではない。

これから数年で、自分で手を動かした会社と、人にまかせた会社の差が開く。開いた差は、あとから追いつけない。

第6章 変わらないものと、変わったもの

繰り返しを仕組みに任せ、最後の判断を人が担う境界

ここで線を引く。ここをまちがえると、全部だめになる。

変わらないもの。 人は形にそって動く。これは人間のしくみの話であって、技術の話ではない。

変わったもの。 形を作るのにかかるお金と時間。そして、形を作れる人の範囲。

変わったからこそ危ないもの。 形というのは、努力しない人でも成果が出るしくみだ。安く速く作れるようになったから、何でもかんでも形にしたくなる。でも、考えなくても回る状態がふつうになったら、考えられる人が育たなくなる。

だから線を引く。

形にするのは、何度もくり返す部分。 手順、動線、書式、最初の一歩。
形にしないのは、決めることそのもの。 何を作るか、だれと組むか、いくらで売るか。

機械が前に出るほど、人間がやる部分はせまくなる。せまくなるけれど、そのせまい部分の値段は、はねあがる。気持ちをくみとること、話をまとめること、正しいかどうかを判断すること、信頼を作ること。

これを形にまかせてしまった会社は、目先の効率と引きかえに、値段を自分で決める力を失う。

まとめ

「知識が変わっても、気持ちが変わっても、行動が変わらなければ結果は変わらない」。よく聞く言葉だ。

そのとおりだと思う。でも、もう一歩ふみこむとこうなる。行動を変えるのは、やる気ではなく形だ。 人はある形の中に入ると、その形にそって結果を作り出す。

時代が変えたのは、その形をだれが作れるか、という一点だけ。昔、形は買うものだった。今は、作るものになった。

だから、質問はひとつにしぼられる。

あなたは、どんな結果を生む形を作るのか。

思いついただけでは、まだ何の価値もない。実際に動かして、はじめて価値になる。今日、自分のまわりのドアをひとつ作り直すところから始まる。

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